妊娠中の運動は子どもの糖尿病リスクを低減できる
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太ったお母さんから生まれた子どもは、大きくなったらお母さんと同じように太る可能性が高い。

このことはさまざまな疫学調査で示されているようですが、その因果関係、分子メカニズムなどはわかっていませんでした

東北大学学際科学フロンティア研究所の楠山譲ニ助教らが、妊娠中の母親の運動によって子どもの将来的な糖尿病リスクを軽減することを分子生物学的に明らかにし2021年3月にCell Metabolism誌に報告しました。

(Cell Metabolism誌の2019-2020年のインパクトファクターは21.567です。)

 

太った母親から生まれた子が太りやすいのは、環境的な要因も大いにあると思われますが、分子生物学的なアプローチで因果関係を明らかにしようとしたのがこの研究の特徴です。

この研究の大きなポイントは、妊娠中の運動が子どもに与える影響を分子のレベルで明らかにしたということ。

世界的に子どもの肥満率が高くなっている現在、お母さんの運動効果を測る良い指標になるのではないかと期待されています。

 この記事は、2021年の日経サイエンス7月号に掲載された「妊娠中の運動が子の肥満を防ぐ」の記事を参考にしています。
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肥満のリスクは次世代に受け継がれてしまう

楠山助教らのグループの先行研究では、妊娠中に運動した母マウスから生まれた仔マウスは糖代謝能が高く、これは仔マウスが成長して人間の中高年にあたる52週齢でもその糖代謝能が維持されてていることを見出していました。

さらに、仔マウスの肝臓では糖・脂質の代謝に関わる遺伝子群の発現量の向上も確認できています。

どのように代謝関連の遺伝子の発現が制御されているのでしょうか?

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母親の運動によって胎児の遺伝子発現が変わる

妊娠中に運動していた母マウスから生まれた仔マウスでは、糖・脂質の代謝に関する遺伝子のプロモータ部分のDNAに脱メチル化が起きていることがわかりました。

DNAの脱メチル化とは?
エピジェネティクスによる制御のひとつ。「エピジェネティクス」とはDNAの配列の変化によらずに遺伝子の発現を制御するシステムのこと。細胞分裂して娘細胞に受け継がれる。DNAのメチル化や、ヒストンのアセチル化などの修飾がによって制御されている。
DNAの塩基のうち主にシトシン(C)でメチル化が生じ、メチル化によって遺伝子の発現が抑制される。
脱メチル化酵素によりメチル基が外れると、遺伝子の発現が活性化される。
つまり、妊娠中に運動していた母マウスから生まれた仔マウスで糖・脂質代謝に関わる遺伝子のエピジェネティクな変化が起こっていることがわかりました。
ではどのような因子によってエピジェネティクな変化が起こっているのでしょうか?

in vitroで因子を探索する

楠山助教らは母マウスの運動効果とエピジェネティクスの変化の関連を探るために、母マウスの血清に着目しました。

Table1

上の①〜③のマウス由来の血清を胎仔の肝芽細胞(将来肝細胞になる細胞)に加えて培養し、糖・脂質代謝関連遺伝子の発現変化を見ました。

すると①の「運動した妊娠マウス」の血清を加えた時にのみ、糖・脂質代謝関連遺伝子の発現が上昇していました。

これは先行研究で見ていた妊娠マウスの運動効果をin vitroで模倣できたとも言えます。

 

この遺伝子の発現上昇はタンパク質を除去した血清では見られなくなることから、血清に含まれる何かしらのタンパク質が関わっていることが予想されました。

 

胎仔と母親との間には「血液胎盤関門」があり、胎児の成長に必要な栄養因子や代謝物のやりとり、及び有害物質の排除を行なっています。

通常、「血液胎盤関門」では母親の臓器由来のタンパク質は通過できず胎仔側には届きません。

胎仔側に作用しているということは、母親の胎盤で作られているタンパク質である可能性が高いことが考えられました。

 

母親の胎盤で作られているタンパク質を調べたところ、母親の運動によって発現が上昇するタンパク質があることがわかってきました。

その中でもスーパーオキシドジムターゼ3(SOD3)に着目してさらに研究を進めます。

(SODは酸化ストレスの原因ともなる活性酸素を処理する抗酸化酵素の一つ。スーパーオキシドを酸素と過酸化水素にする。)

候補タンパク質がいくつか上がってきた中でも、効果が見られたタンパク質がSOD3だったのでしょう。

in vitroでSOD3の効果を検証する

着目したSOD3が本当に糖・脂質関連遺伝子の発現に関わっているかどうかを確かめるために、in vitroで合成したSOD3を胎児の肝芽細胞に加えて培養しました。

妊娠母マウスの運動効果と同様の効果が見られました。

in vitroでの検証だけでは不十分なので、in vivo(動物を使って)での検証を行っていきます。

in vivoでのSOD3の効果

楠山助教らはSOD3と運動効果による糖・脂質関連遺伝子の発現上昇が見られるかどうかを、胎盤でSOD3合成できないトランスジェニックマウスを作製して検証しました。

トランスジェニックマウスに関してはこちらの記事をご覧ください。

SOD3を胎盤で合成できる通常のマウスに比べてSOD3が合成できないマウスでは、母マウスの運動効果が仔マウスに伝わらないことがわかりました。

SOD3の合成を促進する分子メカニズムとは?

運動効果とSOD3は何かしらの関係があることはわかってきましたが、運動刺激とSOD3との繋がりがよくわかっていません。

楠山助教らが詳細な解析を行なったところ、運動刺激によってビタミンD受容体が活性化していることがわかりました。

母体のビタミンD受容体を活性化させることで胎盤でのSOD3の合成能が上がり、糖・脂質代謝関連遺伝子のプロモータが脱メチル化が起きて発現が上昇するという分子メカニズムがわかってきました。

つわりなどで運動できない場合でも、ビタミンDを摂取しすれば同じ効果があることが期待できますね。
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妊娠中の運動は子どもの糖尿病リスクを低減できる まとめ

  • 妊娠時の運動によって糖・脂質代謝関連遺伝子プロモータ部位の脱メチル化が起きる
  • 母親の胎盤で合成されるSOD3が脱メチル化(遺伝子発現変化)に重要な役割を果たす
  • ビタミンD受容体が活性化するとSOD3の合成能が上がる
  • 母親の妊娠時の運動と仔マウスの代謝機能の向上の分子メカニズムがわかったというのはインパクトが大きい

 

※現在、直接この論文を読める環境にないので原文を読んで記事を更新する可能性があります。

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