2021年11月号の『日経サイエンス』を読んでいたら、面白い記事があったのでシェアします。
内容としては、ペニシリンを作る青カビ(ペニシリウム・ルーベンス: Penicillium rubens)がアメリカ合衆国イリノイ州の『州の公式微生物(Official State Microbe)』に選定されたというのです。
イリノイ州と青カビになんの縁があるのでしょう?
イリノイ州とペニシリン
ペニシリンといえば...
イギリスのスコットランドの微生物学者アレクサンダーフレミング(Alexander Fleming)が1928年に、真菌ペニシリウム・ノタトゥム(Penicillium notatum)がペニシリンを作り出すことを発見しました。
フレミングは、第一次世界大戦時に軍医として働いていました。
戦後、大学に戻り感染症拡大を抑える薬剤の探索のため、ブドウ球菌の研究を始めます。
汚かったフレミングの実験室。
1928年のある日、実験室を整理しているとカビの生えた培養皿を発見しました。
黄色ブドウ球菌が一面に生えた培養皿の中で、カビが生えたところの周りだけコロニーが透明になっているのに気がつきます。
そこにヒントを得て、フレミングはカビを培養した培地の濾液に抗生物質が含まれていることを発見しました。
この発見を1929年6月号のBritish Journal of Experimental Pathology雑誌に報告しています。(PDFファイルはこちら)
ペニシリンは世界中で使われる初の有効性を持った抗生物質となりました。
と、見てみるとイギリスの話でアメリカのしかもイリノイ州は関係なさそうですよね。
ペニシリンを大量生産するために
フレミングが見つけた、ペニシリウム・ノタトゥムは大量生産できませんでした。
1939年第二次世界大戦が勃発し、ペニシリンの量産が必要になります。
イギリスオックスフォード大学の研究者(ハワード・フローリー、エルンスト・チェイン)は、アメリカイリノイ州ピオリアにあるアメリカ農務省の北部地域研究所(現在の国立農業利用研究センター(NCAUR))に助けを求めました。
NCAURの微生物学者アンドリュー・モイヤー(Andrew Moyer)がその課題に取り組みます。
ある暑い夏の日、モイヤーの研究室の実験助手だったメアリー・ハント(Mary Hunt)がピオリアの市場で綺麗な金色のカビが生えているマスクメロンを分析のために研究室の持って帰ってきます。
そのカビ(のちにペニシリウム・ルーベンスだとわかる)はフレミングが報告していた種の200倍のペニシリンを生成することがわかりました。
1944年にモイヤーがペニシリウム・ルーベンスに関する論文を報告。
ペニシリウム・ルーベンスを見つけて、調べたメアリーの名前は謝辞に記載されただけでした。
(新聞各紙はハントのことを「Moldy Mary(moldyにはカビ臭い、取るに足らないという意味がある)」と呼んだそうです)
解析まで行ったのなら、共著に入れてもよかったのでは?と思ったり...
ペニシリウム・ルーベンスはペニシリンを短時間に大量に作り出すことができるので、抗生物質生産を高めることが可能になりました。
現在もペニシリン製造にはペニシリウム・ルーベンスが使われているようです。
ペニシリンとイリノイ州の縁が見えてきましたね。
2021年5月にイリノイ州の州議会両院で全会一致で「州の公式微生物としてペニシリウム・ルーベンスを選定する」が可決されました。
その他の「州の公式微生物」
実は、イリノイ州は「州の公式微生物」を指定したのは3番目。
オレゴン州は出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を、ニュージャージー州はストレプトマイシンを作る(Streptomyces griseus)をそれぞれ先行して指定していました。
オレゴン州は2013年に出芽酵母を州の公式微生物に指定しています。
出芽酵母がビール酵母、パン酵母として発酵・醸造文化を支えてきました。
オレゴン州ではクラフトビールを作っており、文化を支えてくれた出芽酵母を公式微生物に認定したようです。
(正直なんで?という感じでもありますが...)
ストレプトマイシンは、細胞培養をしている人には身近な抗生物質ですよね。
1916年にニュージャージー州の土からStreptomyces griseusが発見されました。
1943年にニュージャージー州のラトガーズ大学の卒業研究生、アルバート・シャッツ(Albert Schatz)によって最初に単離されました。(セルマン・ワクスマンの研究室)論文はこちら
この功績とストレプトマイシンが与えた影響の大きさから、2019年にニュージャージー州の公式微生物に認定されました。
そのほかにも、ウィスコンシン州では乳酸菌で乳糖を発酵してチーズを作るラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)が提案されましたが、2010年の議会に通過できず...
ハワイ州では2013年にフラボバクテリウム・アキアインビベンス(Flavobacterium akiainvivens)とアリイビブリオ・フィシェリ(Aliivibrio fischeri)が提案されましたが絞り込みができずに、どちらも公式微生物には認定されませんでした。
州の花、鳥などに続き微生物が出てくるとは...
微生物にスポットが当たるのは、微生物好きとしては嬉しい限り。