多様なCas9ー広がるゲノム編集の選択肢

2020年にノーベル賞を受賞したことで話題になった「ゲノム編集」。

受賞した2人の研究者( エマニュエル・シャルパンティエ所長、ジェニファー・ダウドナ教授)ともに、女性研究者であることも話題になりました。

臨床だけではなく、研究室レベルでも広く行われている「ゲノム編集」。

「ゲノム編集」の一つの制約でもある、「特定のPAM配列があるところしか認識できない」という問題に風穴を開ける研究が、2020年11月にNature Communicationsに掲載されました(Open Accessの記事なので誰でも読めます)。

 この記事は2021年4月号の日経サイエンス「多様なDNAカッター」の記事を参考にしています。
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そもそも「ゲノム編集」とは?

最近爆発的に使われている「ゲノム編集」技術ですが、原理について簡単におさらいしておきましょう。

 

ゲノム編集には、ハサミの役割をするCas9タンパク質とCas9を目的の配列に連れて行くガイドRNAが必要です。

Cas9タンパク質とガイドRNAが複合体を作ります。

DNA配列の末端(3'側)が「プロトスペーサー隣接モチーフ(Protospacer Adjacent Motif :PAM)」配列で終わっている配列を認識し、その少し上流を切断します。

DNAが切断されることで、細胞内にある修復機能が働き変異が入ったり、塩基配列の挿入ができるというのが「ゲノム編集」の特徴です。

詳しくは別の記事でまとめます。

 

研究室などで使われている多くのCas9タンパク質は化膿連鎖球菌(Streptococcus pygenes)に由来する特定のタイプだけです。

すると、ゲノム編集ができる場所が特定のPAM配列の周辺のみに限定されてしまい汎用性がなかなか上がらないという課題がありました。

 

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ゲノム編集に使える新たなCas9タンパク質の探索

実は他の微生物も独自のCas9タンパク質を持っていて、同じ遺伝子でも別の位置を切断することが知られています。

ヴィリニュス大学(リトアニア)のSiksnysらは、バイオインフォマティクスの技術を応用し編集箇所の選択肢を広げられないか?と考えました。

 

まず、SiksnysらはCas9のアミノ酸配列の進化系統樹を作成し、それらを分類しました。

その中から異なる細菌に由来する79の候補を選び出して解析を行っています。

 

それぞれのCas9タンパク質に対する、ガイドRNAの条件を調べたところ分類したクラスターごとに異なることがわかりました。

異なるPAM配列を認識すること、認識するPAM配列の長さも異なること、ガイドRNAに必要な立体構造が異なることなどを明らかにしています。

 

次に、候補Cas9をin vitroで翻訳し(IVT: in vitro translation)、ランダムな配列を持つDNA断片の混合液に加えて切断アッセイをおこないました。

ほとんどのCas9タンパク質は固有のPAM配列をきちんと認識して切断していました。

このことは、異なるCas9を使えば切断できるDNAの場所が増えることを示しています。

 

in vitroの切断アッセイでは、Cas9の種類によって反応温度、反応速度、反応強度が異なることがわかっており、用途に応じて適切なCas9を選択する必要がありそうです。

新しいCas9が見つかるとどうなるか?利点と課題

Siksnysらは「Cas9の選択肢が増える可能性」を示しましたが、Cas9の候補が増えるとどんなことが起こるのでしょう?

 

臨床的な観点から見ると...

化膿連鎖球菌由来のCas9(spCas9, spyCas9)に対する抗体を持っている人が実は多いことがわかってきたのです。

ある研究によると125人の献血者のうち58%がspCas9に対する抗体を持っていたことが報告されています。

(他の微生物由来のCas9に対する抗体を持っている人が多いという研究もあるので、臨床に応用するためには適切なCas9を選択する必要があります)

「抗体を持っている」ということは、治療目的でCas9タンパク質を体に入れたとしても免疫反応が起きて速やかに生体内から除去されてしまうということ。

もっと無害で、抗体を持っていない人が多いCas9を使えば、免疫応答を回避して治療できる可能性が出てきます。

 

基礎研究的な観点から見ると...

「Cas9の候補が広がる」=「編集できる遺伝子の部位が増える」ということ。

現在、PAM配列の制限によって作製が難しかったゲノム編集動物の作製ができるようになるかもしれません。

今までわからなかった遺伝子の生体内での新しい機能の発見につながります。

 

今回のSiksnysらの研究は、「Cas9タンパク質の探索」に終わっていて、実際に生体内でゲノム編集できるかどうかまでは調べられていません。

in vivoで効率よく動くかどうか?が次の課題になりそうです。

 

参考文献

Gasiunas, G., Young, J.K., Karvelis, T. et al. A catalogue of biochemically diverse CRISPR-Cas9 orthologs. Nat Commun 11, 5512 (2020). https://doi.org/10.1038/s41467-020-19344-1

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