令和元年6月11日、政府が約10年ぶりとなるバイオ分野の国家戦略「バイオ戦略2019」を取りまとめました。
バイオ分野の国家戦略とはどういうものか?
今後どんな分野に政府が力を入れようとしているのか?
を少し解説していこうと思います
- バイオ戦略2019ってなに?
- その前はどんなバイオ戦略があったの?
- 外国と比べて日本ってどうなの?
といったことを中心に解説していきます。
「バイオ戦略2019」ってなに?
政府が令和元年6月11日に取りまとめたバイオ分野に関する国家戦略です。
なんで「バイオ戦略2019」なんて国家戦略を作ったのでしょうか?
その原因はただ一つ、
「日本が、中国や欧米諸国にバイオ関連で遅れを取っている危機感」
があるから。
2008年にも政府のバイオ分野戦略として、「ドリームBT(Bio Technology)ジャパン」というものを出しています。
その内容は(今から見れば)目標が曖昧でいろんな分野に同じようにお金を出していました。
(いわゆる『ばらまき』です)
そのために、
”日本は過去の基礎研究を土台としたノーベル賞級の基礎研究の成果があった”
のに、
”世界のバイオ産業における我が国の存在感の低下は認めざるを得ない”
状況になって、欧米や中国、東南アジア各国に遅れを取ってしまっているのです。
今までのバイオ戦略を抜本的に見直して、目標を明確にして、重点的にお金を出す分野を絞るために新しく作ったというわけです。
今回のバイオ戦略2019のキーワードは「バイオエコノミー」、「持続可能性」、「循環型社会」です。
2000年代に欧州で始まった考え方で、生物資源(バイオマス)*やバイオテクノロジー**を使って、気候変動や食糧問題などの地球規模で取り組まなければならない問題を解決して、長期的に持続可能な成長を目指すという概念です。
*バイオマス:bio(生物資源)+mass(量)でできた造語です。植物などをはじめとする生物が、太陽のエネルギー+水+二酸化炭素で作ったもののことです(ただし化石資源は除く)。これを使えば、地球上の二酸化炭素量を増やさずに生活できるようになるのではと考えられています。
**バイオテクノロジー:生物が営む生命現象を産業に応用する技術のこと。
2009年ぐらいに「バイオエコノミー」という考え方が世界的に広がりました。
国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」や温暖化対策の国際枠組「パリ協定」への対応が世界的な課題となっていますが、バイオエコノミーの概念はこれらの課題解決とも方向性が一緒なため爆発的に世界に広がったと考えられます。
経済協力開発機構(OECD)は2009年の報告書で、2030年のバイオ市場は約1兆6000億ドル(約170兆円)に成長すると予測しています。
成長すると予測されている分野にお金を注ぎ込もうと思うのは、まぁ自然の流れですよね。
(10年前の報告なのでちょっと遅い気もしますが...)
「バイオ戦略2019」では、バイオエコノミーの考え方に基づいて9つのバイオ分野に重点的にお金を出すことによって、中国、欧米への遅れを取り戻そうとしています。
今回政府が定めた目標は、
「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現する」
目標達成までの道しるべをきちんと示して(数字の目標を作る)2030年までの計画表をきちんと作る予定だそうです。
国際的に勝負できる分野といえば、「日本は科学立国」と言われていたことからもわかるように「科学」の分野特に「バイオの分野」です。
日本にはまだ「潜在能力がある」として政府が、重点的にお金を出す決めた9つの分野がこちら
分野 | 詳細 |
①高機能バイオ素材 | 軽量性や耐久性などに優れた新素材 |
②バイオプラスチック | 汎用プラスチックを代替し、プラごみの3R*を推進 |
③持続的一次生産システム | アジアやアフリカの農業生産性の向上 |
④廃棄物、排水の有機処理 | 微生物などを利用した循環型の環境浄化 |
⑤生活改善ヘルスケア、機能性食品、デジタルヘルス | 医療に依存しない健康的な生活 |
⑥バイオ医薬品・再生医療・細胞治療・遺伝子治療の関連産業 | 発酵産業の技術や品質管理を応用 |
⑦バイオ生産システム | 微生物や細胞を利用した物質生産 |
⑧バイオ関連の分析・測定・実験システム | センサー、ロボットなどの技術を活用 |
⑨木材活用大型建築、スマート林業 | ビルなどの木造化を進め、温暖化ガスを削減 |
*3R:リデュース(Reduce, 削減)、リユース( Reuse, 再使用)、リサイクル(Recycle, 再生利用)
ちなみに、日本の政府は今後科学分野のうち
- 量子技術(量子コンピューター、量子暗号)
- 人工知能(AI)
- バイオ分野
の3つの分野が重要だとして国家戦略を練っています。
「バイオ戦略2019」は誰が作ったの?
バイオ戦略2019は産学(民間の企業と大学などの教育・研究機関)の有識者会議でその内容を話し合って決めています。
どんな人が考えているかというと...
・一般財団法人バイオインダストリー協会 永山治理事長(中外製薬会長)が座長
・自治医科大学 永井良三学長
・キリンホールディングス 小林憲明取締役
・ちとせバイオエボリューション 藤田朋宏最高経営責任者(CEO)
計5人がまとめた提言をもとに、政府の総合科学技術・イノベーション会議が「バイオ戦略2019」を策定しました。
バイオ戦略2019の特徴1:バイオとデジタルの融合
新しい戦略の目玉の一つが、「バイオとデジタルの融合」です。
次世代シークエンサーなどの登場により、バイオの分野では膨大なデータを取り扱うようになりました。(ビッグサイエンス化とも言います)
この膨大なデータは人が扱うのは難しく、人工知能(AI)などで分析、利用するのが世界的な流れ(常識)になりつつあります。
日本では国立の研究センターが中心となって多くの人の遺伝情報や生体試料を集めた「バイオバンク」を整備作ってきました。
(例えば「骨髄バンク」「アイバンク」「血液バンク」など)
海外に比べて規模が小さく、バイオバンクが各地に点在していて連携が取れていません。
また、新しく開発されたバイオ素材や新しい作物の品種の開発に必要ないろいろなデータも、研究機関や企業の間で共有や活用ができていません。
このような問題を解決するために、「バイオ戦略2019」では
データベースを拡充したり、点在しているバイオバンクを統合したりして連携が取りやすいようにしていくとのことです。
しかし、すでにあるデータベースをどうしたら良いかの検証から始める必要があり、複雑でしかも膨大な作業をしていかなければならない大仕事です。
バイオ戦略2019の特徴2:国際的な研究拠点を作ろう!
大きな研究拠点を作っていこう!
これまでもバイオ分野では再生医療の場合、神戸や川崎といった地域単位で研究開発拠点が開発されてきました。
(神戸や川崎には再生医療関連の大学・企業の研究室、ベンチャー企業などが集中しています)
政府は(お金が出しやすいように?ルールを制定しやすいように?)、選んだバイオ分野に対して有力な大学や企業が集まる複数の自治体が連携した広域拠点を作ろうとしています。
しかし拠点が広くなればなるほど産学官の連携は難しくなってしまいます。
一方で欧州各国のバイオ戦略では地域特性を生かそうという流れになっています。
日本でも、重点的にお金を出すと決めた9つの分野にはそれぞれ適した地域や拠点の大きさがあるのではないかと考えられます。
政府のやりやすさを優先しないで、その分野に合った支援制度を作ることが大事なのではないかと思います。
研究の国際化が大事だ!
バイオ分野でお金を出すとしたら年間いくらくらいかかると思いますか?
政府の想定では1分野あたり数百億円!これはとてもじゃないけど国内の資金(国の税金)からでは全部は出せません。
なので海外の資金も積極的に活用してこう!というのが今回の戦略です。
海外からの資金を集めるためには、外国人にもわかりやすく日本の戦略を説明する必要があります。
日本の中にも国際化に成功している例、沖縄科学技術大学院大学です。
が、「バイオ戦略2019」の概要は全て文字!
箇条書きで要点がまとめてあって、図なんて一切ありません!!!!
一方で欧米のバイオ分野の戦略は図やグラフなどが豊富に使われていて、とっても見やすいし読もうと思えます。
国内はもちろん、国外からも資金を集めたいのであれば、日本の戦略をわかりやすく伝える工夫が必要です。
海外のバイオ戦略は?
バイオエコノミーの概念に基づき、
欧州では欧州連合(EU)としての戦略+各国独自の戦略でそれぞれ策定しています。
- 循環型社会
- 持続可能な農林水産業
- 石油資源からバイオマスへの転換
アメリカやアジアの各国もバイオエコノミー戦略を作成しています。
アメリカの戦略はバイオマス、再生可能なエネルギーとしての重視するもの、
マレーシア、タイなどの東南アジア各国では、熱帯の豊富なバイオマス活用する戦略がたてられています。
「バイオ戦略2019」を成功させるために
2008年の「ドリームBT(Bio Technology)ジャパン」から約10年の間、科学技術は予想以上に発展してきました。
遺伝子を自由自在に改変できる、ゲノム編集技術の登場
DNAやRNAの塩基配列を素早く安く読めるようになった、次世代シーケンサーの登場
によって、バイオ分野の発展はスピード感が増して、国際競争の激しさが増しました。
「日本は産業化で出遅れた!」(内閣府)という危機感があることから今回の「バイオ戦略2019」をつくることにしたのです。
「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現する」
という目標を確実に達成するためには、3年ごとにこの戦略を見直すそうです。
内閣府や文部科学省、経済産業省、農林水産省の政府と現場の研究者たちとの連携が不可欠なのではないでしょうか。
現役研究者の立場からの見解
あるべき姿を目指して、目標、踏んでいくステップをはっきりさせて進んでいくことにしたのはとっても良いことではないでしょうか。
目標の立て方について
「バイオエコロジー」「循環型社会」「長期持続可能性」の考え方は2000年代には世界中に広まっていました。
2010年代が終わろうとしているのに、ちょっと「今更」感があります。
前に行っているものを追いかけて、模倣して、独自のものを作り出すのは日本人の十八番です。(独自の技術を生み出すのが苦手)
それ(日本人の猿真似)を政府が積極的に後押しするのはどうかと思います。
が、なんにせよ世界標準に合わせなければいけない世の中になっているので、中国、欧米諸国について行きましょうというのは仕方がないことかもしれないですね。
投資分野を絞ったことについて
今までも、政府はある分野に特化して大きな金額のお金をつぎ込むことをしてきました。
その結果
お金を投下された分野の研究室は人材不足などの原因によりお金を使いきれない
お金を配分されない分野の研究室は研究を続けるのに必死にならなければならない
という科学の研究の根底を脅かす事態になっています。
重点的に投資する分野を決めたならば、その分野での雇用の安定性の保証をしていかなけかならず人材不足になって進むべきプロジェクトが進まなくなってしまいます。
(私が直接博士課程に進むのを躊躇した理由に研究者の「雇用の不安定性」がありました)
雇用が安定していないことにより、優秀な人材が一般企業、海外に流出してしまっているのが現実です。
その現実を踏まえた対策もきちんと行っていってほしいと思います。
拠点化について
良い面
・関連研究設備が集中することで研究者同士、企業とのコミュニケーションが取りやすくなる
・規則などが一括してその地域で作られるため(倫理的な)規則の施行が早い
悪い面
・競合する研究をしている研究者が必ずしも仲が良いとは限らないので、中心を置くことで反発する研究者が出てくる
・政府の箱物事業を促進する考え方ではないかと思ってしまう
研究者の生の本音の声を聞いて、日本的なやり方で研究者の交流や研究を促進する方法を考えた方が良いのではないかと思う。
国際化について
日本に来る魅力ってなんでしょう?
前までは中国や韓国の優秀な学生さんは日本に留学して、日本で学ぶことがステータスだったかもしれません。
しかし今となっては、少なくとも中国は日本を追い抜いています。
後進国である日本にわざわざ留学しに来るでしょうか?
私の知り合いのアフリカ系の留学生は、
「実は日本ではなくてアメリカに行きたかった」と言っていました。
海外の人材を確保したいのであれば、日本に留学したい!魅力的だ!と思わせるものが必要です。
それが今の日本にあるかどうかは議論の余地があるのではないでしょうか。