実験用のマウスの遺伝子を組換えて表現系を観察する実験は、対象とする遺伝子がどうやって働いているのか?を理解するのにとても有効です。
生命科学系論文を読んでいると、トランスジェニックマウスを使った研究で授業で習わなかったような言葉がとサラッと書いてあったりしますよね。
今回は、トランスジェニックマウスの中でも特定の遺伝子を発現した細胞だけを死滅させる「R26-LSL-DTAマウス」について簡単のまとめていきます。
「R26-LSL-DTAマウス」とは?
まずは、「R26-LSL-DTA」の意味を一つ一つ見て行きましょう。
R26とは、
ROSA26領域のこと。
トランスジェニックマウスを使うときによく出てくる領域の名前ですが、遺伝子挿入がしやすく、他の内在性の遺伝子に影響おを及ぼしにくい領域です。
ROSA26領域については、こちらの記事に詳しくまとめています。
LSLとは、
loxP-STOP-loxPカセットのことです。
STOP配列をloxP配列で挟んだ配列(floxedと言われたりもします)で、STOP配列は一般的にSV40のポリアデニル化配列が複数つながったものが使われます。
(ポリアデニル化配列が入ることで転写がストップする仕組み)
CreリコンビナーゼがないとSTOP配列が読まれて転写が終わってしまいますが、CreがあるとloxP配列で挟まれた部分が切り出されて下流に転写が続くようになります。
Cre-loxPシステムについてはこちらに詳しくまとめています。
DTAとは、
diptheria toxin A(ジフテリア菌由来毒素A)のこと。
コリネバクテリウム・ジフテリア(Corynebacterium diphtheriae)は、真核生物の細胞に感染しジフテリア毒素を産生する。
ジフテリア毒素前駆体は、フラグメントAとBに切断されます。(AとBはジスルフィド結合で架橋されている)
N端側のフラグメントAが毒性を持っていて、ADPリボシル化をして真核細胞の翻訳因子eEF-2を不活化し、細胞のタンパク合成を停止、細胞死を誘導します。
「R26-lsl-DTAマウス」を使ってわかること
R26-lsl-DTAの一つ一つがわかったところで、どんなマウスなのか今一度見てみましょう。
ROSA-DTAという名前でThe Jackson Laboratoryから入手可能になっています。(こちらを参照)
元々はカルフォルニア大学サンフランシスコ校のRichard M. Locksley博士によって作出されたマウスで、系統の名前にもLkyと名前が入っています。
では、このマウスを使ってどんなことができるのでしょうか?
一例をご紹介します。
「R26-lsl-DTA」と打って上の方に出てきた研究です。
東京大学医科学研究所の高祖先生は網膜変性モデルの作出に「R26-lsl-DTAマウス」を使われています。
「R26-lsl-DTAマウス」と成体杆体視細胞特異的に発現するMsi1遺伝子の上流にCreERT2組み込んだマウスを掛け合わせて、網膜変性モデルを作出しました。
タモキシフェンを投与して1ヶ月後にマウスの組織解析を行ったところ、杆体視細胞が細胞死し、グリア細胞が反応して変化していることがわかりました。
さらに時間経過や投与時期などを検討して、詳細に解析することで、Msi1遺伝子を発現する杆体視細胞がどのような役割があるのかを明らかにできます。
高祖先生の研究はこちらで見ることができます。
このように「R26-lsl-DTAマウス」は、ある細胞特異的に発現することが知られている遺伝子座にCreERTシステムを組み込んだマウスと掛け合わせて、その細胞の役割を解析するのによく用いられているようです。