実験ってどうやって始めますか?
学生実習も研究室の実験も同じで、実験を始める前の準備がとっても大切なのです。
この「実験を始めよう!」シリーズでは、実際に研究室で行われるような実験を想定して実験計画の立て方、実験の仕方、解析方法、統計処理までの一連の流れをまとめて行こうと思います。
今回はその第一弾。「実験計画の立て方」です。
生命科学系の研究室などで一般的に行われている「細胞を数える」と言う実験を想定実験として、どのように実験を進めていくのか?見ていきましょう。
実験計画の立て方
学生さんの間は、先生や先輩が手取り足取り指導してくれて、何も考えないで実験をする場合が多いかもしれません。
でも実験ってなんのためにやるんでしょう?
学生実習でも研究室でも同じで、「何かの仮説を証明したい」から実験するのです。
「何かを証明する」ための実験ってどうやって組み立てたら良いのでしょうか?
1. 仮説を立てる
先ほど、実験とは「何かの仮説を証明する」ためにするものと言うお話をしました。
「何かの仮説」はどうやって立てたら良いのでしょうか?
例えば、「ある薬剤Aが線維芽細胞の増殖を促進する効果がある」ことを示した論文があったとします。
「自分たちが扱っている細胞Xでも同じような現象が見られるのか?」
これが仮説になります。
仮説は、事前にわかっていること(論文などで発表されている、自分が実験データを持っているなど)と、まだわからないこと(自分たちの分野ではどうか?手元にある実験データは何を示しているのか)のギャップを埋めるために立てるものです。
なので、事前にわかっていることと、まだわかっていないことを整理してみると立てるべき「仮説」が見えてきます。
(仮説の立て方が実験のセンスを決めると言っても過言ではありません)
今回は「薬剤Aが細胞Xの増殖を促進するのか」を仮説として次に話を進めていきましょう。
2. 実験の目的を明確にする
証明するべき仮説が立ったら、より具体的に実験の内容を検討していきましょう。
実験をして「何を」明らかにしたいのか?知りたいのか?を具体化していきます。
例えば「薬剤Aが細胞Xの増殖を促進するのか」を仮説とした場合、
- in vitroで検証するのか?
- in vivoで検証するのか?
- 薬剤Aの継時的な効果を見たいのか?
- 薬剤Aが効果を示す最適な濃度を知りたいのか?
といったことを、考えていきます。ノートに色々書き出してみると良いかもしれません。
実験の目的は「シンプル」な方が良いです。
今回は、「in vitroで薬剤Aを細胞Xに添加した時に細胞数が増加するかどうかを調べる」を目的としてみます。
3. 実験方法・手法を確認する
目的を明確化したので、やるべきことがより具体的になってきました。
やるべきは「in vitroで細胞数を数える」という実験。
細胞を数える実験について、調べれば良いと言うことになります。
細胞を数える実験って具体的にどんなものがあるのでしょうか?パッと思いつく限りで書き出してみます。
- 血球計算盤を使って数える(トリパンブルーを使って生細胞だけを数える)
- 培養中の細胞の写真を撮影して数える
- 細胞をDAPIやHoechstなどで核を染色して数える
- フローサイトメーターで数える
- Live-Dead染色で生細胞だけを数える
- MTTアッセイで生細胞の増殖を見る
...などなど
「in vitroで細胞数を数える」と言ってもできる実験は様々です。
目的を達成するために最適な実験を選択しましょう。(シンプルでわかりやすいものが良いです)
(今回は「細胞を数える」と言うシンプルな実験ですが、目標を達成するためにどんな実験の可能性があるのか学生さん一人で思いつくのはかなり大変だと思います。そう言う場合は、近くの先輩、助教の先生、インターネットなどに頼ってみましょう。)
今回は、「あるタイムポイントで細胞を固定してDAPIで核を染色して細胞を数える」実験を選択してみましょう。
DAPIとHoechstは何が違うの?と思った方はこちらの記事も参考にしてみてください。
実験の目的を達成するための実験手法の検討
実験の目的を達成するための実験手法の検討について、かなり話を割愛してしまっていました。
どのようなプロセスを経て、「あるタイムポイントで細胞を固定してDAPIで核を染色して細胞を数える」実験を選択したのか?詳しくみていきましょう。
実験の目的を振り返ってみると、「in vitroで薬剤Aを細胞Xに添加した時に細胞数が増加するかどうかを調べる」です。
この目的を達成するために考えられる実験の種類としては、
- 細胞の増殖曲線を描く
- 特定のタイムポイントでの増殖の差を比較する
- 生細胞と死細胞の数の変化を追う
- フローサイトメーターを使って絶対数を数える
...などなど
などなど、まだまだ実験の可能性に幅があります。
そこで、それぞれの実験をして「何を知ることができるのか?」に着目してみましょう。
薬剤Aが早く効くのかゆっくり効くのか?細胞増殖期に効くのか?など継時的な効果を見ることができます。
【具体的な実験例】
初期播種濃度を揃えて実験を開始→薬剤Aを添加→複数のタイムポイントで固定もしくは剥離して細胞を計数する
固定する場合はDAPIで核を染色して計数、剥離する場合は血球計算盤を使って計数する
細胞の培養期間ごとにデータを取らなければならないので、事前にある程度の細胞の準備をしておく必要があります。
「細胞を剥離する」と言うステップを踏む場合は、トリプシンによる効果も考慮する必要が出てきます。
「培養細胞の増殖曲線の描き方」はこちらの記事にまとめています。
【具体的な実験例】
適切な細胞密度で播種したのち、薬剤Aを添加→特定のタイムポイントで細胞を固定してDAPIで染色→蛍光で観察する
「適切な細胞密度」と「特定のタイムポイント」の選択の仕方でデータがかなり変わってしまう。
事前に予備実験をしっかりしておく必要がある。
【具体的な実験例】
培養中の細胞に、Live-Dead染色用の試薬(カルセインとエチジウムブロマイドなど)を加えて、蛍光で観察する
MTTアッセイを行う
もしくは細胞を剥離してトリパンブルーで染色後、血球計算盤を使って計数する
Live-Dead染色やMTTアッセイ用の試薬があるか?実験に関する知識を事前に仕入れておく必要があります。
剥離ステップを踏む場合は、トリプシンによる効果を考慮する必要が出てきます。
フローサイトメーターを使えば、「あるマーカーを発現している細胞について増殖に影響があるかどうか」緻密な解析を行うことができます。
【具体的な実験例】
薬剤Aを添加し培養→細胞を剥離して核と細胞表面マーカーを染色→フローサイトメーターで解析
フローサイトメーターを使用できる必要がある。剥離するステップがあることを考慮する必要がある。
どの細胞表面マーカーに着目するかで、実験の結果が変わってしまう可能性がある。
と言った感じでまとめていくと、自分は本当は何を知りたくて「実験」をするのかがだんだん見えてくるようになります。
今回はシンプルかつ比較が容易な「特定のタイムポイントでの細胞数の比較」できる実験手法を選択しました。
具体的な実験内容の検討
やるべき実験がだんだん具体的になってきました。
「あるタイムポイントで細胞を固定してDAPIで核を染色して細胞を数える」のですが...
どうやって実験を組み立てていけば良いのでしょうか?
私がよくやっているのは、紙やパワーポイントなどを使って実験を図示してみることです。
このように、手を動かして図示してみることで本実験を始める前に何を知らなければいけないのかわかってきます。
例えば、今回の想定実験の場合は
- 初期播種の密度はどれくらいに設定しておくべきなのか?
- 何日間培養した後に細胞を計数すれば良いか?
→細胞Xの増殖スピードを把握する
- 薬剤Aはどれくらいの濃度で添加するのが良いか?
(どれくらいの濃度で細胞Xに毒性があるのか?)
→添加する薬剤Aの適正な濃度の検討
が必要なのがわかります。
この場合は、スモールスケールでの予備実験が必要となります。
細胞Xの増殖スピードを把握する
初期播種密度を固定してどれくらいのタイムスケールで、細胞Xが増殖していくのかを調べるためには増殖曲線を一回描いてみましょう。
増殖曲線の描き方はこちらの記事をご覧ください。
添加する薬剤Aの濃度の決定
薬剤を添加するときの実験で、重要なのがどれくらいの濃度を添加したのか?です。
あまり高濃度で添加してしまうと細胞毒性が疑われるし(今回は特に増殖を抑制するかどうかなので慎重に検討しなければなりません)、濃度が低すぎると効果が見られなくなってしまいます。
初めて使用する薬剤の場合は、薬剤のデータシートに記載されているIC50や、薬剤Aを使用している他の文献を参考にしましょう。
10倍の希釈系列、5点を目安に条件を検討すると良いでしょう。
例えばこんな感じ
予備実験をして、実験条件を検討してから本実験を始めましょう。
実験を始めよう!ー実験計画の立て方 まとめ
「実験計画の立て方」についてまとめておきます。
- 実験とは「何かの仮説を証明」するために行う
- 実験の目的を明確にしておく
- 目的、実験手法はシンプルなのが良い
- 具体的に計画を立てる
- 必要であれば予備実験を行う
次回は、本実験で準備する「サンプルサイズ」についてまとめていきます。
サンプルサイズに関する記事はこちらをご覧ください