2019年ノーベル医学生理学賞受賞「細胞の低酸素応答の解明」って何

2019年のノーベル医学生理学賞が2019年10月7日に発表されました。

 

「細胞がどのように酸素の濃度を検知して応答するのか?」という謎の解明を試みた一連の研究を行ったウィリアム・ケーリン(William Kealin)、ピーター・ラトクリフ(Peter Ratcliffe)、グレッグ・セメンザ(Gregg Semenza)の3氏に授与されました。

 

 

 

 

 

 

 

私たちが生きていくためには、酸素は必要不可欠です。

宇宙にいくと酸素が無いので、酸素を供給するための工夫がたくさんされているのもそのためです。

例えば、100mを一気に走ると走り終わった後にゼーゼーしたり、心臓がばくばくしたりしますよね?

これは一時的に私たちの体内の酸素濃度が低下して起こるのですが...

 

私たちはどうやって酸素の濃度の変化を察知しているのでしょうか?

その詳細な分子機構(どんな分子どういう順番でが細胞内で動いているのか)はわかっていませんでした。

 

実は動物の細胞は、酸素の濃度の変化に応じて遺伝子発現を変化させていたのです。

この小さな遺伝子発現の変化が、細胞の代謝、組織の再構成、はたまた心拍数や呼吸の増加と言った生体反応として現れてきます。

 

この仕組みを明らかにした研究にノーベル賞が贈られました。

この記事で紹介すること
  1. 受賞した研究を簡単に紹介
  2. 私たちの生活にどう役立つのか
2019年ノーベル賞を紹介します

 

 この記事はノーベル財団が公式に発表している資料に基づいて書かれています。

2019年ノーベル医学生理学賞を受賞した研究

ノーベル賞を受賞した研究ってどんな研究なの?

ものすごいものなんじゃ無いか?

って思う方も多いと思います。

(もちろんすごいものなのですが...)みなさんが期待しているほど派手ではなくて、地味な基礎研究に贈られることが多い気がします。

今年も例外なく基礎研究に授与されました。

 

受賞した3氏のどんな仕事が受賞理由になったのかご紹介します。

グレッグ・セメンザ(Gregg Semenza)

1990年代に低酸素状態増える因子HIF(Hypoxia Inducible Factor)を見つけた

1995年にHIFのタンパク質精製・クローニングして、酸素感受性の部分(HIF-1a)を特定した

 

ウィリアム・ケーリン(William Kealin)

Von Hippel-Lindau(フォン・ヒッペル・リンドウ:VHL)病の腫瘍形成を抑制する遺伝子について研究。

1995年に腫瘍を形成を抑制する遺伝子の全長のクローニングに成功

発見した遺伝子はVHLのがん化細胞株でガンの成長を抑制することも確認

 

ピーター・ラトクリフ(Peter Ratcliffe)

1999年にセメンザによって発見されたHIF-1aとケーリンによって発見されたVHLが関わりがあることを発見

VHLはHIF-1aの分解を酸素濃度を検知して調整していることを見つけた

 

最後にケーリンとラトクリフのグループが同時に、

VHLによるHIF-1aの分解調節はヒドロキシル化(Hydroxylation)に依存していることを見出した。

つまりVHLは酸素濃度に応答してHIF-1aの量を調節しているということがわかったのです。

 

この一連の研究で、動物の細胞はHIF-1aの分解調節をすることによって酸素濃度変化にすぐに応答することが可能だということがわかった。

これがノーベル賞級の研究です!

 

「クローニング」って何?
ある遺伝子を沢山増やせるようにすること。一般的なクローニングの手順としては、1. 目的の遺伝子を運ぶためのベクターを作る(環状DNAであるプラスミドがベースとなる)2. 増やしたい遺伝子(インサート)の調製 3. ベクターとインサートをくっつける(ライゲーション) 4. 作製した環状DNAを大腸菌に入れる(形質転換)5. 環状DNAが入った大腸菌だけを選択する

 

「ヒドロキシル化」って何?
分子の中に-OH基をくっつける反応。
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ノーベル賞をとった研究、私たちの生活とどう関わりがあるの?

今回のノーベル賞の中心は、低酸素濃度で増加するHIF(Hypoxia Inducible Factor)です。

HIFの機能を増加させる

HIFは低酸素になると腎臓から分泌されるエリスロポエチンというホルモンの生産を促す働きがあることがわかりました。

エリスロポエチンは、人が高所に行ったり運動したりして体の中の酸素が低下すると、酸素を身体中に運ぶ役割がある赤血球の数を増やして体内の酸素濃度を保つという役割があります。

 

つまり、HIFの機能を増加させると体内の赤血球の数が増えることになるのです。

この機能に着目して貧血の治療に使おうと、臨床試験で効果があることを確認する研究が中国でされています。(Chen et al.,
2019)

 

他にも赤血球が増加して体内の酸素濃度が適正に保たれることによって、免疫機能の向上、軟骨形成の促進、創傷治癒を早めるなど様々な治療応用へ期待されています

 

HIFの機能を低下させる

HIFは低酸素状態になると活発になります。

生体内で低酸素になるという状態は、ガンの腫瘍が成長している時です。

HIFの機能を低下させるとガンの腫瘍の成長が遅らせられるのではと期待されています。

 

HIFに非常によく似た機能を保つEPAS1を阻害すると、VHL変異細胞と動物のモデルで腫瘍の成長を遅らされられたという報告があります(Cho et al., 2016)。

他にも、心血管疾患(脳卒中や心筋梗塞・肺高血圧)などの治療に役立つことが期待されています。

 

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ノーベル医学生理学賞は基礎研究に授与される

ノーベル医学生理学賞は、開発された薬に対して授与されるものではなくて、薬の開発のきっかけとなった研究に授与されることが非常に多いんです。

 

例えば(日本人の例でみると)、

本庶佑先生は「オプシーボの開発」ではなく「PD-1の発見」

山中伸弥先生は「iPS細胞の発見」ではなくて「分化した細胞が初期化できて多能性をもつことの発見」

にノーベル賞が与えられています。

(例外は大村智先生。「イベルメクチン」という薬の開発に対してノーベル賞が授与されています)

 

今回のノーベル賞も本当に「基礎研究」に与えられていて、まだまだ臨床応用へは遠い研究です。

ノーベル財団の公式資料にも書かれていますが、まだまだ未知なことが沢山あってこれから伸びていく(基礎研究の面でも創薬研究の面でも)分野でもあります。

 

これは医学生理学の分野で基礎研究が重要だとされている証拠ではないでしょうか。(カロリンスカ研究所の意向かもしれませんが)

そんな中で日本は真逆の応用へ生命科学分野の舵を切ろうとしています。(「バイオ戦略2019」に示されています)

 

基礎研究があってこその臨床応用研究だと思うのですが、日本は「基礎」をないがしろにしようとしています。

日本人がノーベル賞をとると大々的に報道し、取らないと全くなかったかのごとく報道されません。

日本人が医学生理学賞を取れる可能性があるのはあと数年で、その後はほとんどとることはなくなってしまうと予想されています。

日本人にとってノーベル賞が遠い存在になってしまう未来もそう遠くはないでしょう。

 

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