「あったらいいな」を実現するのがいかに大変か...
世界中にある病気を一種類の細胞だけで治せたらどんなに良いか...と想像したことはありますか?
今回は、再生医療の分野で注目されている夢のような細胞「ユニバーサル細胞」について簡単にまとめていきます。
そこには、研究者たちの弛むことのない努力と試行錯誤の物語があります。
再生医療に対する2つの治療アプローチ
再生医療研究の最初のきっかけと言っても良いのが、1998年のJames Thomson博士らによる胚性幹細胞(ES細胞)の報告でしょう。
この報告により「in vitroで目的組織の細胞を分化させて、移植をする」という「再生医療」の考え方が生まれました。
しかしES細胞は受精卵を由来とする細胞であるため、「他家移植(他人の細胞を移植する)」ことになり、拒絶反応のリスクの高さが問題となっていました。
2006年に山中伸弥先生らが線維芽細胞由来の多能性を持った夢の細胞「iPS細胞」を報告します。
iPS細胞の報告以来、ES細胞では難しかった「自家移植(自分の細胞由来のものを移植する)」への応用が期待され、研究されてきました。
iPS細胞を使って「自家移植」をすると言うことは、患者さん一人一人に対して個々にiPS細胞を作って、移植する細胞に分化させて...(オーダーメード治療)といった手順を踏むことになります。
これだとかなり労力とコストがかかり、現実的ではないことがわかってきました。
そこで京都iPS細胞研究所(CiRA)が中心となり「iPS細胞ストックプロジェクト」が立ち上げられ、「他家移植」治療用のiPS細胞を事前に作っておく戦略に切り替えられたのです。
「iPS細胞ストックプロジェクト」に関してはこちらの記事にまとめています。
「他家移植」と「自家移植」が再生医療に対する2つの治療アプローチとなります。
現在では「他家移植」をする方向で研究が進んでいます。
その中で出てきたのが「ユニバーサル細胞」と言う考え方です。
ユニバーサル細胞と免疫
「ユニバーサル細胞」とは?
ユニバーサル(universal)とは、辞書を引くと「一般的な、普遍的な、全てに共通である」と言った意味があります。
「ユニバーサル細胞」は、世界中の患者に対して普遍的に使用できる「一種類の細胞製剤」のこと。
たった一種類の細胞で、免疫拒絶を危惧することなく、世界中の患者さんを治療する、と言ったなんとも夢のような研究が行われているのです。
では、「ユニバーサル細胞」を作るためにはどうしたら良いのでしょうか?
細胞移植と免疫の関係について簡単にまとめながら考えていきましょう。
細胞移植と免疫
移植された細胞が自分のものであるか、そうではないかを区別するのがHLA(Human Leukocyte Antigen:ヒト白血球抗原)です。
HLAについてはこちらの記事でも解説しています。
HLAは全ての細胞で発現しているクラス1と、抗原提示細胞で主に発現するクラス2に分けられます。
クラス1は主にキラーT細胞へ抗原提示を行い、クラス2はヘルパーT細胞に抗原提示を行います。
HLA分子がT細胞に抗原提示を行うことで、自己・非自己の認識が行われるのです。
「他家移植」を行う場合、非自己だと認識されてしまうと拒絶反応が起こってしまうため、「HLA分子を細胞表面から取り除こう」と言う戦略が取られるようになりました。
これが、「ユニバーサル細胞」の最初の考え方でした。
ユニバーサル細胞の課題
実は、細胞移植に対する免疫反応はHLAだけでは説明ができないのが現状です。
細胞表面にHLAクラスⅠタンパク質が提示されなくなったとしても、免疫反応が起こることがあるのです。
その原因としては、
・ HLAが提示されなくなったことによる、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性化
・ マイナー組織適合性抗原不一致による拒絶
が挙げられます。
この2つの課題に対してどんなアプローチがされているのでしょうか?
ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性化を防ぐために
NK細胞はHLAクラスⅠタンパク質を発現していない(側から見たら怪しい細胞)を攻撃する能力を持っています。
つまり、免疫反応を起こさないようにHLAクラスⅠタンパク質を全て無くしてしまうとNK細胞が「こいつは怪しい!」と認識して拒絶反応が起こってしまうのです。
NK細胞に攻撃されるリスクを下げるために、HLA-CやHLA-Eだけを発現させたiPS細胞の作製(Gornalusse et al., 2017, Xu et al., 2019)や、NK細胞の活性化を誘発するマクロファージの貪食を防ぐ因子を発現させる、といった研究がさまざまに行われています。
NK細胞と免疫、ゲノム編集を使ったiPS細胞作製に関してはこちらの記事にまとめています。
マイナー組織適合性抗原不一致による拒絶を防ぐために
マイナー抗原は、遺伝子多型によるアミノ酸配列の異なるタンパク質です。
マイナー抗原が標的となりT細胞などによる免疫反応が起こってしまう場合があります。
しかしマイナー抗原に対する免疫反応の予測は難しく、HLA型を合わせたとしても免疫反応が起こってしまいます。
マイナー抗原に対する免疫反応を予測し抑制するのは困難だというのが、再生医療と免疫の研究者たちの共通理解になっているようです。
遺伝子多型・SNPに関してはこちらの記事にまとめています。
ユニバーサル細胞 まとめ
「ユニバーサル細胞」についてまとめておきましょう。
- 世界中で共通して普遍的に使用できる一種類の細胞製剤のことを「ユニバーサル細胞」と言う
- 細胞移植をして免疫反応が起こらないようにHLA分子を細胞表面から除去する方針が取られた
- HLA分子を除去したとしても、まだまだ免疫反応を抑制するのには課題がある