「クローニング」をして、目的遺伝子を導入したときに目的遺伝子が発現しているかどうか確認する必要があります。
直接的に目的遺伝子の発現を見るのであれば、mRNAのレベルではRT-PCR、タンパク質のレベルではウェスタンブロッティングを行えばOKです。
が、もっと簡単に目的遺伝子が導入できているかどうか確認できたら良いですよね。
そんな時に、よく使われるのが「IRES」です。
「IRES」を使って、マーカー遺伝子(薬剤耐性マーカー・蛍光タンパク質マーカー)を目的遺伝子と一緒に発現させることで目的遺伝子の発現の目安にしようというわけ。
今回は、「IRES」について簡単にまとめていきます。
「IRES」ってどんな時に使われるの?
「IRES」が出てくるのは、クローニングなどでプラスミドを扱っている時ではないでしょうか?
目的遺伝子とマーカー遺伝子を同じ細胞で同時に発現させたい!
だけど、目的遺伝子の下流に直接マーカー遺伝子をくっつけてしまうと、目的遺伝子とマーカー遺伝子の結合タンパク質ができてしまいます。
目的遺伝子由来のタンパク質の立体構造が変化してしまい、生理的な活性がきちんとみられなくなってしまうという問題点がありました。
このように、一つの遺伝子で二種類のタンパク質をコードさせることをバイシストロニック(bicistronic)と言います。
「IRES」は目的遺伝子とマーカー遺伝子を別々に翻訳できる魔法のような配列です。
「IRES」を使って目的遺伝子とマーカー遺伝子を繋げてあげれば、別々にタンパク質が翻訳されて、目的遺伝子の発現を間接的に見ることができるし、マーカー遺伝子由来のタンパク質に機能を邪魔されることもありません。
「IRES」と同様にバイシストロニック発現ができる配列としてはT2Aが知られています。
そもそも、クローニングってなんだっけ?という方はこちらの記事もご覧ください。
T2Aに関する記事はこちらをご覧ください。
「IRES」とは?
「IRES」とは「internal ribosome entry site(内部リボソームエントリー領域)」の略です。
読み方は「アイレス」。
1988年にNahum SonenbergらがポリオウィルスのRNAゲノムから、Eckard Wimmerらによって脳心筋ウィルスのRNAゲノム中で報告しました。
その後、様々なウィルス・細胞などで報告されました。
特徴的な立体構造を持つものの、生物間でIRESの一次構造(塩基配列)には共通点は見つかっていないようです。
「IRES」の原理
通常、哺乳類のタンパク質翻訳はmRNAの5' cap構造を認識して開始されまが、IRES配列があると、cap構造がなくてもリボソームが認識して翻訳されるようになります。
「IRES」の特徴的な立体構造が宿主細胞のリボソームを呼び込み、cap構造に依存しない独自の翻訳が開始されます。
しかし、どのように宿主のリボソームがIRESの立体構造を認識して翻訳が開始されるのか?はいまだに不明な部分が多く、世界中で研究されています。
※IRESはcap非依存性の翻訳機構なので、遺伝子(cDNA)を挿入する時には翻訳開始点(ATG)から入れます。翻訳開始に必要だとされるKozak配列は入れないのが普通です。
IRESの使用例
「IRES」を使って2種類の遺伝子由来のタンパク質を独立に発現させることで、どんなことが可能になるのでしょう?
例えば...
・IRESの下流に薬剤耐性マーカーを入れることで、目的遺伝子を発現している細胞だけ薬剤選択でより分けることができる
→目的遺伝子を発現している細胞群だけにできるので、よりクリアな結果が得られる
・IRESの下流に蛍光タンパク質マーカーを入れることで、目的遺伝子を発現している細胞だけをフローサイトメーターなどで解析ができる
→フローサイトメーターを使えば、細胞表面のマーカータンパク質の発現の違いを解析することができる
などなど
実験の組み立て方によっては様々な解析に応用ができます。
「IRES」を使うときの注意点としては、「IRES」を介して翻訳される遺伝子(図1のinsert gene2)の翻訳開始効率はcap構造を認識して開始されるものよりもかなり悪い(悪い時には10%程度まで落ちる)と言われています。
同時に発現できるようにはなるものの、同レベルで発現しないということを頭の隅っこに置いておくようにしましょう。
研究室では教えてくれない?!「IRES」って何? まとめ
「IRES」について簡単にまとめましょう。
- 「IRES」とは1つの遺伝子から2種類のタンパク質を翻訳できる(主に)ウィルス由来の配列
- 目的遺伝子+マーカー遺伝子を発現させるためによく用いられる
- 翻訳できる2種類のタンパク質は「IRES」の下流の方が効率が低くなる
- 「IRES」と似た機能を持つ「T2A」がある