以前所属していたラボで、教授が「エタノール沈殿(通称:エタ沈)とイソプロパノール沈殿(通称:イソプロ沈)は何が違うのかね?」と大学院生(当時M1)に聞いていました。
彼女は、「エタ沈は溶液量が多くなるけど、イソプロ沈は溶液量が少なくて済みます!」と回答。
教授は何も言わずにその場を立ち去りました。
さて、彼女の回答は正しかったのでしょうか?
今回は、DNAをはじめとする核酸を抽出するアルコール沈殿法についてまとめます。
特に、研究室でよく使われるエタノール沈殿とイソプロパノール沈殿はどのように違うのか?に着目していきましょう。
核酸アルコール沈殿法の原理
アルコール沈殿の原理を簡単に説明すると、「核酸分子とアルコールと塩で凝集(塩析)させて沈殿を作らせる」というもの。
核酸はリン酸・糖・塩基からできていて、-OH基を豊富に含むリン酸・糖の部分はアルコールに溶けにくい性質があります。(油と水の関係)
しかし、ただ単に核酸にアルコールをたくさん加えても核酸は沈殿しません。
その理由は水溶液中では、リン酸基が全体的に負の電荷を帯びているから。
静電気的な反発が起こり凝集しにくいのです。(核酸どうしが反発してしまいまとまりにくくなっている)
ここにナトリウム塩やアンモニウム塩を溶液中に加えると、Na+やNH3+が負電荷を帯びているところに近づいていって電荷を中和してくれます。
この中和効果によって凝集体を形成しやすくなり沈殿する。
と言うのがアルコール沈殿法の基本的な原理です。
エタノールを使って核酸を精製する方法は、1933年Allowayによって報告されている。(Allowayはのちに遺伝物質の本体がDNAであることを見出したAveryの研究室に所属していました)
核酸のアルコール沈殿法の種類
では、どんなアルコール沈殿法があるのでしょう?代表的な物としては、
- エタノール沈殿法(通称:エタ沈)
- イソプロパノール沈殿法(通称:イソプロ沈)
- ポリエチレングリコール沈殿法(通称:PEG沈)
があります。それぞれの違いを簡単にみてみましょう。
エタノール沈殿法の特徴
核酸の凝集にエタノールを使う方法。一般的にエタ沈(エタちん)と呼ばれる。
・DNA・RNAどちらの核酸も沈殿する
・核酸溶液の2〜3倍以上のエタノールが必要になる
エタノールは水に溶けやすい性質を持つため、核酸を凝集させる力(ファンデルワールス力、分子間力)が弱い。
凝集させるのにはたくさんの量を必要とする。
イソプロパノール沈殿法の特徴
核酸の凝集にイソプロパノールを使う方法。一般的にイソプロ沈(イソプロちん)と呼ばれる。
・DNA・RNAどちらの核酸も沈殿する
・核酸溶液と同じ量のイソプロパノールでも沈殿する
エタノールよりも水に溶けにくいため、核酸の溶解度が低いのでより少量で沈殿させることができる。
エタノールよりも揮発しにくいので、乾燥に時間がかかる。
ポリエチレングリコール沈殿法の特徴
核酸の凝集にポリエチレングリコールを使う方法。一般的にPEG沈(ペグちん)と呼ばれる。
アルコールではないが、親水性ポリエーテルでエタノールなどと同じように水分子を奪ってDNAを凝集させることができる。
(RNAはDNAよりも親水性が高いのでPEGでは凝集しにくい)
・DNAのみを沈殿させる
・プラスミド抽出でよく用いられる(RNAを取り除ける)
エタノール沈殿の実験手順
基本的な実験手順は、
- 核酸水溶液に塩を加える
- 1にエタノールを加える、静置して核酸分子を凝集させる
- 遠心操作で核酸分子を沈降させる
- 上清のエタノールを除去する
- 70%エタノールでリンスする
- 上清を除去して乾燥させる
と言う流れです。
順番に見ていきましょう。
1. 核酸水溶液に塩を加える
加える塩の種類も酢酸ナトリウム、塩化ナトリウム、酢酸アンモニウムなどの様々な種類があります。
一般的にDNA抽出に用いられるのは0.3M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)ではないでしょうか?
アンモニウム塩は核酸以外のものの共沈を減らすと言う効果がありますが、短いDNA断片(50-mer以下)の回収率が低下してしまうと言うデメリットもあります。
一般的な研究室では3Mの酢酸ナトリウムストックを作製しておき、核酸溶液の1/10量加えてアルコール沈殿を行うところが多いのではないかと思います。
エタノール沈殿に使われる塩の種類と使い分けを簡単にまとめます。
2. 1にエタノールを加え、 静置して核酸分子を凝集させる
エタノールを使う場合は氷冷したエタノールを核酸溶液の2〜3倍量加えて、氷上で15分〜30分置いたり、-20℃の冷凍庫で1時間静置と言うプロトコールが一般的です。
核酸のサイズが小さかったり量が少ない場合は長い時間をかけて沈殿させます。
このままDNA溶液を長期間保存することも可能です。
※イソプロパノールを使う場合は核酸溶液と同量加えて、量が多い場合は室温、-20℃で20〜30分静置します。
3. 遠心操作で核酸分子を沈降させる
4℃に冷やしておいた遠心分離機の最大速度で10分程度遠心。核酸のサイズが小さかったり少ない場合は長時間の遠心が必要になります。
4. 上清のエタノールを除去する
核酸のペレットがある場所に注意しながら、上清のアルコールをピペットマンを使って除去する。
核酸の純度が高い場合は、ペレットが透明で見えないことが多いので遠心時に内側にした部分にチップの先が向くようにする。
5. 70%エタノールでリンスする
70%エタノールに含まれる水に塩を溶かし込む(脱塩)操作。
70%エタノールを加えてよく転倒混和(チューブの上と下を持って上下を転倒させる)する。4℃で10分程度遠心する。
※イソプロパノール沈殿を行う場合は、核酸と塩が共沈しているのでこのステップは丁寧に行う必要がある。2回以上行うのも一つの方法ではないかと思います。
6. 上清を除去して乾燥させる
上清を取り除いて、チューブのそこに残っているエタノールもチップの毛細管現象を利用して丁寧に取り除く。
チューブのフタを開けて、上から軽くラップを被せて常温で15分〜30分静置する。
(昔はエバボレーターで1時間真空引きすると言うプロトコルがありましたが、完全に乾燥させると核酸が水に溶けにくくなるので注意が必要です)
※イソプロパノールは揮発性が低いので長時間かけて乾燥させる。
DNA抽出時のエタノール沈殿法とイソプロパノール沈殿法の違い まとめ
エタノール沈殿とイソプロパノール沈殿の違い、なんとなくお分かりいただけましたでしょうか?
2種類のアルコール沈殿法についてまとめておきます。
- どちらもDNA、RNAの抽出に用いられる
- エタノール沈殿に比べてイソプロパノール沈殿の方が抽出スケールが小さくて済む
- イソプロパノール沈殿は塩が共沈してしまうので、脱塩作業は丁寧に行う必要がある
- イソプロパノールは揮発しにくいためしっかり乾燥させる必要がある
(以後の酵素反応などに影響を与えてしまう)
どちらも良いところと悪いところがあるので、「抽出スケールはどれくらいか?」「このあとどんな実験に使うのか?」をもう一度振り返って適切な核酸抽出法を選択するようにしましょう。
「ラボではみんなイソプロ沈しているから〜」や「先輩に言われたから〜」ではなくて、「なぜ、その方法を使っているのか?」を知ることで実験への理解が深まるのではないかと思います。
参考文献
第1回 エタノール沈殿|効率の上がる核酸実験法|実験医学online:羊土社 - 羊土社